ペナン・ライフスタイル, ヨガ

Dさんとの出会い、そしてクンダリーニヨガのクラスを持つということ

ヨガを始める時、いろんな理由があるでしょう。

 

楽しそうに思った、

運動を始めたかった、

体重を減らしたかった、

たまたま時間ができた、

習い事をやりたいと思った、

など。

 

 

でも、私がヨガを始めた理由はどれでもありません。

 

「友達に声をかけてもらったから」

 

それだけの理由でした。

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ヨガは一回もやったことがなく、そもそも運動も全くしていませんでした。

体育は嫌いだったし、体も硬くて前屈で前にもつきませんでした。

 

ある日、友達になったDさんから、

「ヨガのクラスを始めたの。

小さいクラスで、友達を誘ってるだけなんだけど、こない?」

 

と言われました。

 

断る理由もなかったので、お試しだけ、と行くことにしました。

この時は、続けるつもりなんてありませんでした。

 

教えられた場所に行くと、そこはアート教室でした。

朝の早い時間はアートクラスでは使わないから、と貸してもらったということのようでした。

絵の具や筆が棚の上にありました。ヨガマットを敷くと4−5人でいっぱいになる小さなスペースでした。

 

周りの人も、Dさんに声をかけられた人たち。

私以外は西洋人で、そのうち2人は子どもが同じ学校で、挨拶をしたことがあるだけ。

 

Dさんの60代の夫以外は、全員「ヨガ初めて」のようでした。

友達だから誘われてきただけ、それと夫だから来た、というクラスでした。

 

さらに、Dさんも「ティーチャーの資格取り立て」という状態。

クラスの雰囲気も、時にゆるすぎる空気になることもありました。

先生も生徒も、教えるのも教わるのも初めて、というクラスだったのです。

 

まさか、このアート教室の隙間で行ったそんなクラスが、

私のそれからの人生を変えるとは、その時は全く思いもしませんでした。

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レッスンは毎回、何がなんだかわからないまま、言われるままに体を動かしていました。

当時の私は、英語でのコミュニケーションが上手にできなかったし(今も上手ではありませんが)、

終わるとおしゃべりをしているみんなを尻目に、自分だけいつもササッと帰りました。

「ここはアウェイだな」なんて思うことも時々ありました。

 

もっとも、ペナンに来てからずっと「アウェイ」だったので、

そういう寂しさにもう慣れていたのはよかったかもしれません。

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ヨガやりたかった訳でもない、居心地もよくない、

レッスンが楽しかった訳でもない、

喋る人もいないし、アウェイな感じ。

 

続ける理由もそれほどなかったのですが、

なぜか「毎回レッスンに参加しよう」と私は決めて、通い続けました。

どうしてそうしたのか、今でもよく分かりません。

 

当初は水曜と金曜の週2回でしたが、参加者が集まらず週一回になってしまいました。

Dさんの夫も含めて3−4人ほどで毎回レッスンをしました。

 

2-3ヶ月ほど続けたある日、Dさんがレッスンのあと、言いにくそうに切り出しました。

「エイミー、私たち家族は、ポルトガルに移ることを決めたのよ」

きくと、イギリス系インターナショナルスクールで英語教育を受けてきた娘に、

そろそろフランス語で教育を受けさせたいとのこと。

「お子さんのためによく考えて決めたことだものね。

あなたが去るのは残念だけど、ご家族みんながポルトガルでハッピーな暮らしができるといいね」

私はそう言いました。

 

Dさんは申し訳なさそうに続けました。

「ヨガクラスをこんなに早く閉じるのはごめんなさいね。

せっかくいつもきてくれたのに。

でもね、エイミー。あなたには、ヨガをやめないで欲しいの。

私の友人を紹介するわ。そのクラスには、とっても熱心な生徒さんたちがいるの。

あなたも熱心だから、他の熱心な生徒さんたちといい影響を与え合って、

絶対いいと思う」

 

確かに、Dさんのクラスで毎回参加するのは私だけでした。

だからDさんも私に続けるように言ったのでしょう。

 

結局、私はDさんの紹介してくれたクラスに入り、

それから数年のち、ティーチャーの資格を取ることとなります。

 

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前述したように、私がヨガを始めた時、特別な理由はありませんでした。

 

人生を変えるようなことがあったらいいな、なんて期待もありませんでした。

ヨガをして、何かが変わるとも思っていませんでした。

 

でも、今は思います。

 

Dさんが声をかけてくれなかったら、それ以降の私の人生は全く変わっていたでしょう。

 

それは、ヨガのティーチャーになったかどうかではありません。

 

「クンダリーニヨガ」にであったことで、

「自分を大事にする」ということがどういうことかを初めて知ったということです。

 

 

それまでの私は、自分を大事にするのは、自分勝手なのではないかと思っていました。

でも、クンダリーニヨガに出会い、ティーチャートレーニングで学び、

コツコツと毎日続けてきたことで、

 

「自分を大事にする」ことが、結局は、他の人にとっても良いことであり、

世界にとっても良いことだと受け入れることができたのです。

 

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もちろん、私は悟りをひらいた訳でもなく、生きている以上、いろんな葛藤をこれからも経験するでしょう。

誰にでもある生きていることで起こるある種の苦しさが、どこかでパッと消える訳ではありません。

 

でも、クンダリーニヨガに出会ったことは、私の人生に

大きな影響を与えました。

 

 

 

 

ポルトガルに引っ越したDさんとは、それ以降、あまり連絡をとっていません。

残念なことですが、場所が離れてしまったし、Dさんの境遇と自分の境遇もとても違うし、

何度かメールのやりとりをしただけです。

 

でも、Dさんが私にしてくれたこと、

私の人生に、クンダリーニヨガという存在を入れてくれたこと。

 

クンダリーニヨガのクラスに参加させてくれて、次の先生を紹介してくれたこと。

 

だから、Dさんは、これからもずっと私の恩人なのです。

 

 

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私は、今、自分がレッスンの場を持っていることをとても嬉しく思っています。

それは、自分以外の人がクンダリーニヨガを経験できる場所を持つ、ということだから。

 

私が癒されたように、誰かが癒されていくかもしれない。

気がつかないうちに、体と心の状態がよくなっているかもしれない。

 

だから、レッスンの場を持つことは幸せで、

そのきっかけを与えてくれたDさんに、

ペナンに、

そしてそのチャンスを捉えて続けて来た、過去の自分にも感謝しています。

 

 

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個人の力は小さくて、世界のシステムを変えることはできないでしょう。

 

私を知っている人はわかると思いますが、

私は、特に優れた人格者ではありません。

感情に左右されたり小さな悩みにうつうつとしたりしながら日常を生きている、ごく普通の人です。

 

でも、その私でも、クンダリーニヨガがあれば、

「自分を大事にすることを受け入れる人」を1人、2人と増やすことはできるかもしれない。

 

 

ペナンにすむ日本人の方は、ほとんどが一時的にペナンに住んでいるだけですが、

短い滞在期間中にクンダリーニヨガに出会い、それを続けることで、

自分自身の素晴らしさに気づき、それを大事にしてくれるかもしれない。

それを願っています。

 

 

自分のことを無理に「変える」必要なんてありません。

素晴らしい自分が幸せになるのを許可すること、

自分を大事に生きること。

それを感じて欲しいなと思っています。

 

 

そのように人に大きな影響を与える力が、私個人に属している訳ではありません。

 

でも、クンダリーニヨガにはあると信じています。

 

レッスンを重ねていくうちに、何かを感じるかもしれないし、

感じなくても、何かを得ているかもしれない。

 

 

私の持っているのは、小さいクラスです。

ペナンで、皆さんが数年の間だけ、一時的に参加されるだけのもの。

 

でも、私は、自分がティーチャーをしていくことには大きな意味があると思っています。